高速オペアンプとプッシュプル段で構成する広帯域電流源 ― AN-968 図4を読み解く
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Analog Devices のアプリケーションノート **AN-968** に示されている図4は、
「広帯域かつ高精度な電流源を実現するための典型例」として知られています。
一見すると単純なオペアンプ回路ですが、よく観察すると **入力段の微小ヒステリシスや、外付けトランジスタの補償手法** など、発振や不安定動作を避けるための工夫が随所に見られます。
本記事では、この回路を段階的に分解し、その設計思想を読み解きます。<span><a name="more"></a></span>
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## 回路全体の構成
この回路は「オペアンプ+上下トランジスタ(NPN/PNP)を使った両電源(±12V)駆動の電圧制御電流源」です。AD8065 が負帰還ループを構成して、シャント(Rs)に流れる電流を入力(V3)で設定・制御する構成です。回路の参照元はAN-968(Analog Devicesのアプリノート)です。
**期待動作**:オペアンプがシャント Rs(1Ω)に流れる電圧を入力波形(V3)に一致させるように出力を調整する → 従って流れる電流はほぼ $I \fallingdotseq \dfrac{V_{in}}{Rs}$ になります。
**数値例(図示パラメータ)**:
Vr = 50 mV(振幅) → 期待ピーク電流 $\fallingdotseq 0.05 V / 1 Ω = 0.05 A(50 mA)$
シャントの損失(平均):$P = I^2\times Rs = 0.05^2 \times 1 = 0.0025 W$(小さい)
RLOAD = 0.1Ω は負荷の抵抗(TP2—TP3 間) → 50 mA が流れると負荷にかかる電圧は $0.1\times0.05 = 5 mV$(小さい)
**回路図は以下のブロックに分けられます**:
1. **入力段:オペアンプ(AD8065)**
広帯域・高速応答の電圧帰還型オペアンプ。
外部からの信号を受け取り、電流に変換する制御の頭脳。
2. **帰還と微小ヒステリシス(R1, R3, C1)**
オペアンプの反転入力に帰還を戻すが、わずかな正帰還成分を加えている。
計算するとヒステリシス幅は **わずか 0.02%**。
これはスイッチング用途のシュミット動作ではなく、ゼロクロスでの不安定動作を防ぐための工夫。
3. **発振抑止抵抗(R2)**
オペアンプの出力と外付けトランジスタのベースの間に直列で挿入。
高速アンプがトランジスタのベース容量を直接叩かないようにし、発振を防ぐ。
4. **外付けAB級プッシュプルバッファ(Q1, Q2, R8, R9)**
* Q1: NPN トランジスタ(ソース側駆動)
* Q2: PNP トランジスタ(シンク側駆動)
* R8, R9: ベースバイアス抵抗。クロスオーバー歪を軽減し、安定した動作点を確保。
この部分で大電流を供給可能にし、オペアンプの負担を軽減する。
5. **負荷と帰還電流検出(RLOAD, Rs, TP2, TP3)**
出力電流はシャント抵抗 Rs を通じて検出され、オペアンプの帰還ループに戻される。
これにより「電流源」としての精度が保証される。
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## 設計のポイント
### 1. 微小ヒステリシスの意味
この回路で最も特徴的なのは、$\dfrac{R1}{R1+R2}=\dfrac{2k}{2k+10M}=0.02\\%$**と、ほぼゼロに近いヒステリシス** をあえて導入している点です。
* ゼロクロス近傍でオペアンプの入力差電圧が曖昧になると、広帯域アンプは容易に発振。
* ごく小さな正帰還を加えることで、入力差電圧に常にわずかな傾きを持たせ、ループの動作方向を明確にする。
👉 「わずかなバイアスで安定化する」という発想は、リニア回路とスイッチング回路の中間にあるユニークな設計手法です。
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### 2. 発振を避ける複数の防波堤
* **R2**:オペアンプとトランジスタを電気的に切り離し、高域の発振を抑える。
* **C1**:帰還ループに容量を加え、位相余裕を確保する。
* **R8, R9**:バイアス安定化によりクロスオーバー歪を低減し、動作点のばらつきを抑制。
これらは「どれか一つで完全に安定化」するのではなく、**複数の小さな対策を積み重ねて安定性を確保**する構成になっています。
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### 3. 実現される特性
* 広帯域(数百kHz~MHz級)で安定して動作する電流源。
* 負荷変動に対しても出力電流がほぼ一定。
* オペアンプ単体では駆動できない電流域をカバー可能。
つまり **「理想的な電流源に近い特性を、現実の部品で実現するための折衷設計」** こそ、この回路の思想です。
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## 設計思想のまとめ
AN-968 図4の回路は、以下のような考え方に基づいています:
1. 高速オペアンプで精密な制御を行い、外付けトランジスタで大電流を引き受ける。
2. ただし、そのままでは発振しやすいため、
* 微小ヒステリシスでゼロクロス安定化:「0.02%しかないヒステリシス」は、**信号整形ではなく、ループ安定化のための工夫** であることが理解のポイントです。
* 発振抑止抵抗でベース容量を隔離
* 補償コンデンサで帯域を調整
* バイアス抵抗でクロスオーバーを安定化
といった複数の工夫を組み合わせて安定化。
3. その結果、**広帯域かつ大電流を扱える安定した電流源** を実現している。
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## 100mAのパラメータ設計
上記の回路図は入力電圧 **100mVp-p / 出力電流 100 mA**のシミュレーションを左側のグラフで示しています。
* オペアンプの出力電流(IR2))とダイオードD1,D2 を流れる電流は1mAに持たないので問題ありません。
* 一方、トランジスタは電源から100mAの電流を引き込むので、約1.1Wの発熱があります。これに耐えうるトランジスタの選定が必要です。回路図では、最大電力損失が1.2Wの2SC2655 / 2SA1020 を使いました。
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## 500mA出力への拡張
500mA出力を考えるとき、単純に入力電圧が5倍にして検討します。
### オペアンプ出力
100mAのとき約1mAの出力なので、これを5倍にしたとしても5mAであり、AD8605の出力±30mAでは問題ありません。
同じく、発信抑制の抵抗R2の発熱も問題ありません。
### NPN/PNPトランジスタ周りの設計
トランジスタは5W以上のものとなりますが、これを定格で言えば20Wクラスです。適当なものが思いつかないので、150Wの2SC5200 / 2SA1943 とします。
#### 必要ベース電流とhfe
まず設計の中心となる関係式:
* 必要なコレクタ(出力)電流 $I_C$ を決める(今回は $I_C = 0.5\ \mathrm{A}$)。
* トランジスタの増幅率(hFE、β)を仮定する([データシート参照](extension://bfdogplmndidlpjfhoijckpakkdjkkil/pdf/viewer.html?file=https%3A%2F%2Ftoshiba.semicon-storage.com%2Finfo%2F2SC5200_datasheet_ja_20160107.pdf%3Fdid%3D20666%26prodName%3D2SC5200))。ここでは代表値を **β = 100** と仮定する(実機では低Vceや高温で低下する可能性あり)。
* 必要なベース電流は $I_B = I_C / \beta$。
**数値計算**:
* $I_B = 0.5\ \mathrm{A} / 100 = 0.005\ \mathrm{A} = 5\ \mathrm{mA}$.
→ ベースに少なくとも約 **5 mA** の駆動余裕が必要(安全係数で 2× を取るなら 10 mA 程度欲しい)。
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#### R8 / R9 の設計
* R8(+レール→NPNベース)/ R9(−レール→PNPベース)は **ベースプリバイアス**。
* 小さくするとベースに定常電流が流れ、トランジスタは立ち上がりやすくなり大電流を出せる。
* 大きくすると静止電流が小さくなり熱安定性が高まるが、高出力時のベース駆動が不足する。
**簡易モデル**:ベース電圧を約 $V_{B} \approx 0.7\ \mathrm{V}$ と仮定、VCC=+12 V とする(実際はエミッタ/出力電圧に依存するので過大評価/過小評価の範囲はあるが設計指針として有効)。
ベースへ流れる電流(R8 を通る)はおよそ
$$
I_{R8} \approx \frac{V_{CC}-V_{B}}{R8} = \frac{12 - 0.7}{R8} = \frac{11.3}{R8}
$$
* R8 = 12 kΩ の場合:
$$
I_{R8} = \frac{11.3}{12000} = 0.000941666\ldots\ \mathrm{A} \approx 0.942\ \mathrm{mA}
$$
→ 目標のベース電流(5~10mA)に対して大幅に不足。
* 5~10mAを流せる抵抗の算出:
$$
R8 = \frac{11.3}{I_{R8}} = \frac{11.3\ V}{5\ mA} < 2.26 \ k\Omega
$$
→ このときの供給可能なコレクタ電流 $\approx 5\ \mathrm{mA}\times 100 \approx 500\ \mathrm{mA}$。
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### 500mAシミュレーション
シミュレーション上は図の構成で500mAが得られますが、仕様の限界に近い使い方になります。
* オペアンプの出力 24mA
* R4,R6の定格は10W以上必要
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